公認会計士・税理士 根本 守 のブログ

私は、所属する協働公認会計士共同事務所において、日本の数多くの「非営利・協同」組織の経営や会計に関する支援業務を行ってきました。「非営利・協同」組織を今後も応援しさらに大きく広がってほしいと願う立場で、このブログにおいて「非営利・協同」の様々なことを述べたいと思います。なお、過去に事務所のホームページ等に掲載した文章も、現在でも有効と思われるものは(例えその後に法令等が改定されているものであっても)そのまま転載しています。(2019年8月)

非営利・協同組織の経営管理 -その2-

 「その1」に引き続き、非営利・協同組織の経営管理の特徴点について述べる。


3,非営利・協同組織での経営管理の優位性、特徴点、課題                    

 

 営利、非営利を問わず、事業組織における経営管理は通常以下のような形で遂行される。

・    定款及びそれに基づく管理、人事労務経理、総務等の諸規定の整備と根拠法規に  従っての最高議決機関である総会、執行機関である取締役会、理事会、監査機関である監査役会、監事会の設置とその運営。(いわゆるコンプライアンス法令遵守))   

・ 組織内の経営組織の整備とその運営。すなわち、各事業所における管理体制、各職制(いわゆるライン)の整備及び企画、人事、経理、総務といった本部機構(いわゆるスタッフ)の整備とその運営。 

・    事業方針と予算に基づく事業の執行、管理

・    人材の確保と各種教育の実施、各種労働条件の整備。         

・    財務会計システムの整備と決算処理及び報告 等                                                      
 

 営利組織と同様非営利組織も同じ社会的な存在であり、非営利・協同組織であっても一般的な経営管理制度の整備運用を図るべきことはもちろんである。ただし、以下の点に留意する必要がある。

・ 基本的に法人の存立根拠となる法令等は遵守する必要があるが、非営利・協同組織の経営管理上不合理なものがあればその改善を求めるべきであり、また、その対応についても創意工夫する必要がある。(例えば、公益法人の根拠法上公益法人の公益目的事業については、利益を出してはいけないこととなっている(収支相償)。しかし、公益法人 であっても補助金等に依存せず自己資金だけでなく借入を行って設備投資していくには必要最低限の利益は不可欠である。よって、非営利・協同組織はその見直しを求めるとともに、現状あるそうしたルールに対応して必要な工夫をする必要がある。)

・ 一般的な経営管理システムは非営利・協同組織において備えるべき最低条件である。これらを整備しつつ、それに非営利・協同組織に必要なものを付け加えあるいは改変するといった創意工夫が求められる。一方、無駄に管理システムを肥大化させるのも問題であり、効率化の観点も求められる。
   
  以下、そうした通常の経営管理を踏まえた上での非営利・協同組織での経営管理の優位性、特徴点を述べる。

 

(1) 非営利・協同組織の経営理念、経営目標、ミッション(使命)

 「私たちは”みんなと暮らすマチ”を幸せにします。」これはいったいどこの経営理念だろうか?営利企業の経営理念とはとても思えない。だが実際にはコンビニエンスストア事業を展開する株式会社ローソンの経営理念である。
 コンビニエンス事業は基本的に店舗に対して商品やサービス、ノウハウを提供し、その対価として店舗オーナーから粗利益(売上から商品原価を差し引いた利益)の50~70%を徴収するビジネスモデルで運営されている。この間新聞報道等で伝えられている通り、ローソンを含むコンビニ各社と店舗オーナーとの間で多数のトラブルが発生し、裁判沙汰にもなっている。賞味期限が近づいた商品の値引き販売の禁止や24時間365日の営業の強制が店舗オーナーやその家族の生活、健康を破壊する事態が頻発しているからである。店舗オーナーはコンビニ各社から収奪された利益の残り分からアルバイトの給与等の経費や期限切れ商品の廃棄損を賄わなければならず、手元に残るのは最低生活費以下というところが増えている。
 そのくせローソンの上記の経営理念に基づく「基本姿勢」として公表された文書には「私たちは、最大のパートナーである加盟店を支援します。」とある。いっていることとやっていることがまるで逆である。ローソンに限らず、営利企業は経営理念、経営目標として、社会的責任を果たすといったスローガンを掲げているところが多い。しかし、実際には利益の最大追求を図るのが目的であって、社会的責任云々は二の次である。それは株式会社が出資者である株主のものであり、株主への配当や株価の引き上げを基本使命としていることからいって当然であり、ローソンの経営理念は空文に過ぎない。

  これに対し、非営利・協同組織の経営理念、経営目標、ミッションはどうだろうか。医療を行う非営利・協同組織の連合体である全日本民医連の綱領には以下のような条文がある。
「一.人権を尊重し、共同のいとなみとしての医療と介護・福祉をすすめ、人びとのいの  ちと健康を守ります
 一.地域・職域の人びとと共に、医療機関福祉施設などとの連携を強め、安心して住み続けられるまちづくりをすすめます」
 そして、これに基づく活動方針として、加盟するほとんどの事業所において差額ベッド代を徴収せず、無料低額診療(病院等負担での患者自己負担額の減免)を実施している。これは例え経営が苦しく赤字になったり、職員の賞与を減額したりした場合でもであり、綱領でいった通りの医療活動を行っているのである。
  このことは、営利を追求せず株主等の出資者、法人所有者が存在しない非営利・協同組織であることによって可能となる。こうした経営目標を掲げることで、民医連のような非営利・協同組織の存在意義を明確にし、地域の信頼を集め、働く職員を結集していくことができる。ここに大企業のような営利組織と非営利・協同組織の本質的違いがあり、経営管理上も非営利・協同組織の発展の上で不可欠である。

 非営利・協同組織の経営目標を定めるうえで必要な条件は以下のとおりである。

・    嘘偽りのない組織の真の目標であり、それにもとづき活動方針、経営計画等が定められるものとする。
・    利用者、地域住民や経済的、社会的に困難を抱える人々に貢献し、社会的利益、公益と整合するものである。
・    職員や関係する人々の生きがい、働きがいと合致するものである。また、働く職員の生活を守ることも経営目標の中に含まれる。
・    抽象的なものにとどまらず、所在する地域、事業分野等に即して策定する。このために事業を取り巻く市場環境を国や自治体の政策動向や競合する営利、非営利の事業体の動向を注視しながら、非営利・協同組織としてのポジションを見定めていく。
・    現場で働く職員等の指針として理解、実践できるよう各事業所単位でもなるべく具体化する

 なお、日本において、非営利・協同組織は主要製造部門等いわゆる基幹産業分野には存在せず、大企業と呼ばれるような組織規模をもつものはごくわずかである。このことをもって、資本主義社会における市場経済が定着している産業分野では非営利・協同組織は発展できないという主張がある。しかし、ヨーロッパにおけるEUでは、非営利・協同組織を「社会的経済」と総称し、EU内で専門部局を設置しその発展を促している。また、スペインバスク地域でのモンドラゴン協同組合グループは、機械製造、スーパー、共済、金融等の事業を行う10万人規模の構成員を擁する事業体として発展している。日本には非営利・協同組織の発展を促すような法制度や政策はほとんどなく、また、確かに激しい市場環境の中で営利組織と競争しながら非営利・協同組織を運営していくことの困難性はあるが、資本主義社会においても非営利の理念を明確にした非営利・協同組織があらゆる事業分野で発展しうると考える。


(2) 非営利・協同組織での経営組織と民主的運営

  従業員の経営参加、経営組織の活性化のための活動として、営利企業であるトヨタ自動車株式会社が始めた「改善、提案制度」が有名である。「改善、提案制度」は職場単位等の小集団が業務の改善、効率化について提案、実施し、それを組織全体で評価し、さらに一定の褒賞をすることを通じて、経営組織を活性化させ、現場従業員の経営参加意識の向上を図る取り組みのことを言い、高度成長期に脚光を浴びた日本的経営の優点の一つとされた。しかし、根本的疑問として、「改善、提案制度」等が営利企業において真に職員の経営参加を進めるものとなるのだろうか?と思う。なぜなら、営利企業の所有者はあくまで出資者である株主であり、獲得した利益の大部分は株主側に帰属するからである。実質上の大株主であり社長等の豊田一族は、年1兆円以上もの利益を原資に高額の配当利益と株式含み益を享受しており、これに対し従業員への還元はごく一部であり、非正規雇用の割合も増加させている。日本全体では消費税率や社会保険負担率の引き上げもあって、一人当り可処分所得が減少し続けている。つまり、営利企業における従業員の経営参加なるものは虚構であり、実質上支配株主に向けての経営者によるトップダウン型の経営管理が行われていて、これは日本においても同様であり21世紀に入って新自由主義によりますます顕在化しているといえる。
 
  これに対し、非営利・協同組織には配当や株式値上がりによる利益を求める株主は存在しない。理事長等の役員であっても、基本的にその労務対価としての報酬しか受け取っていない。協同組合法人には組合員に対する出資配当は認められている場合があるが、実質上それは預金利子程度に過ぎない。法的に株式会社形態を採用せざるを得ない非営利・協同組織においては、定款で「配当はしない」という規定を定めたところも存在する。すなわち、労働者に対する搾取関係は基本的に存在せず、獲得した利益、剰余金は職員に還元するか組織の将来の設備投資等に使用される。したがって、「改善・提案制度」のような職員の経営参加システムは、非営利・協同組織においてこそその本来の役割を発揮できる。
  非営利・協同組織の場合、非営利を使命とすることから世間水準を大きく超えるような職員への給与支給は現実的に難しい状況にある。事業への資金調達面でも株主等からの増資等による有利かつ多額の資金確保はできない。しかし、それに対抗して、全職員が経営に参加し、非営利の事業を立派に進めること、地域の共感を得て資金の協力を求められることは大きな優位点であり、この優位性を十全に発揮させることを非営利・協同組織における経営管理の柱にすえなければならない。

  したがって、非営利・協同組織は、基本的にトップダウンでなく、現場単位、地域単位でのボトムアップ型の組織を構築し、「全職員参加の経営」といわれるように運営していくことが求められる。その際の基本点は以下のとおりである。

・    構成員たる人間をどう見るか

 営利企業の場合、働く職員は機械等と同様利益を稼ぎ搾取するための道具であり、利用者を含む地域住民は売上を拡大するための単なる顧客にすぎない。
  これに対し、非営利・協同組織で働く職員、事業に協力し利用者になる地域住民はあくまで人間であり、家族を含む自己の生活の向上を望むとともに、仕事や日々の暮らしに生きがいと自己の成長を求め、社会的存在として他者との共感を望むものとしてとらえ、経営組織を構成し、運営していく必要がある。

・ 民主的所有と運営

  非営利・協同組織の生命線は民主的所有である。一部経営者が出資金や貸付金等で実質支配し、獲得した剰余を受け取るような状態を生じさせることは、非営利・協同組織の死滅につながる。非営利・協同組織の法人形態としては、協同組合の組合員出資によるもの、社団法人での社員出資によるもの、財団法人での出資者が存在しないもの等があるが、いずれにしても個人利益を図りえない多数の人々による所有方式をとる必要がある。出資者の構成としても、出資者等は働く職員や協力を受ける地域住民等によるべきである。
 また、その運営についても一部経営者等による専制があってはならない。地域に開かれ、職場を基礎としたボトムアップ型の民主的運営を制度化し、運用していく必要がある。
また、運営機関としては最高議決機関としての総会、総代会、評議員会を基礎として、そこから委任を受けた理事会等が執行責任を負い、監事会等の監査機関が執行状況のチェックを行ういわゆる「三権分立」の制度を確立し、運用していく必要がある。

・    職員等に対する正確な情報提供、意見聴取

 非営利・協同組織における組織基盤となる職員や出資者等に対しては、意思決定や業務遂行等のための正確で有効な経営情報を迅速に提供していく必要がある。また、職場会議や組合員の班会等での議論の結果出される意見等が各事業所執行機関や理事会等に報告伝達し、組織の総括と方針に反映させるようにすべきである。また、前述した「改善・提案制度」の活用等も非営利・協同組織の一部で行われ成果を上げた事例がある。

・    結集しての事業遂行

  決定した方針は、経営組織として職員全体で結集して実施していく必要がある。実践の結果を総括し、不都合な点や不十分な点があれば適時修正し新たな実践に踏み出していく必要がある。

 なお、非営利・協同組織の過去の失敗例として、民族紛争以前の旧ユーゴスラビアにおける自主管理企業が提示されることがある。同じ社会主義体制でありながら、旧ユーゴは旧ソ連等と異なり、上からの管理統制ではなく各事業組織の自主管理による計画経済として、一時期もてはやされた。当初はかなりの成果を上げたように見えたが、1980年代に入って急激な経済不振に見舞われ、民族間の紛争と併せて自主管理制度とともに国自体も崩壊することとなった。
 社会主義体制内の自主管理という意味で機械的に非営利・協同組織と比較することはできず、また、後進国からの出発で市場経済が未発達、複雑な民族問題を抱えていたこと等の特殊な要因も踏まえる必要はあろう。しかし、自主管理企業の失敗原因の一つとして、経営組織の官僚主義化、形骸化があったことは押さえておくことが重要だと思う。
 旧ユーゴの自主管理企業では、そこで働く労働者の代表によって構成される労働者評議会が運営責任を持ち、そこから任命、支持される企業長等の経営者が実際の経営執行を行う下からの民主的仕組みとなっていた。しかし、現実にはこうした制度が形骸化し、労働者は自分の職場の経営に関心を持たず、事実上企業長が国等の行政機関により派遣されていたり、経営の失敗を隠蔽するため赤字企業を合理的理由もなく他の企業と合併させたりしたことがあった。この点は、現代の非営利・協同組織にとっても教訓化すべきことと思われる。非営利・協同組織の形骸化を克服するために、(1)の経営ビジョンをしっかり持って職員等とそれを共有し、さらに以下(3)~(5)で述べるように責任あるリーダーシップの発揮、適切な人事政策、適切な財務会計管理を進めていく必要がある。


(3) 非営利・協同組織におけるリーダーシップ

  非営利・協同組織において、リーダーシップは不要との誤解が一部にある。現場において勝手に事業運営を行って平気で多額の赤字を発生させたり、理事会が経営執行機関ではなく単なる協議調整機関となっているような事例はそうした誤解によるものと思われる。これは明らかな誤解であり、経営組織である限り、組織を引っ張るリーダーシップは絶対必要である。ただ、非営利・協同組織は営利企業のように専制的なトップダウン型のリーダーシップではなく、情報や意見の集約型、提案説得型のリーダーシップである。なかなか難しい課題ではあるが、追求していくことが求められる。

 一般に、リーダーシップは理事長等経営トップのリーダーシップと事業所責任者等の中間管理層のリーダーシップとに分かれる。
 経営トップ層のリーダーシップは、主として①後継者人事政策、特にトップ層の確保養成と②経営理念、経営目標に基づく中長期の事業ビジョンの策定、提起の面で発揮される。非営利・協同組織においては、よく理事会のもとに人事委員会、長期ビジョン検討委員会等を設置し、そこに次世代のスタッフを配置し検討提案させるような事例が見られる。こうした方式は将来の経営責任当事者自身に検討させるという意味で適切な面はあるが、重要なことは最終的な策定、提起の責任は経営トップが担うべきということである。日常の管理業務に追われ、各種委員会任せのような事例がまま見られるが、こうした状態を招くようであれば、トップリーダーの役割は果たせない。
 中間管理層のリーダーシップは、主として日常業務の管理、監督面で発揮される。プラン、実行、総括評価、改善といういわゆるPDCAサイクルを円滑に進めつつ、各職場の状況や意見等を吸収し、経営トップ層につなげていくことが求められる。

 非営利・協同組織における説得型、意欲引きあげ型のリーダーシップを担うために必要なリーダーのあり方はどうあるべきだろうか。第一に古い言葉でいうと率先垂範である。組織の代表として職員や地域住民からの強い信頼を得られるような人物でありそうなるべく努力する人がふさわしい。第二に正しい方針を持つことである。様々な困難の中でも冷静に正確な方針を指し示すことができる人である。第三に謙虚に職員等の話をよく聞きつつ、その中でも粘り強く職員の成長を促すような指導ができる人である。


(4) 非営利・協同組織での人事政策

 非営利・協同組織において、営利企業をしのぐ成果を上げるための財産は人である。非営利・協同組織の事業に共鳴し、その発展に人生をかけてくれる職員を確保し、組織の中で成長させていくことは、非営利・協同組織そのものの発展に不可欠である。そのための重要なポイントは以下のとおりである。

① 職員の確保、養成、配置

  非営利・協同組織において事業活動を進め発展させていくためには、組織理念に共感し懸命に働いてくれる職員の確保が必要であり、また、事業発展の資するように十分な研修教育を行って養成し、さらに職員の能力が発揮できる経営組織内での最適なポジションに配置する必要がある。

  非営利・協同組織において、大事な点は以下のとおりである。

 第一に当然ながら職員を大事にすることである。職員は、営利企業のように搾取の対象ではなく、ともに前進していくための同志である。一方的な指示命令の対象ではなく、事業や組織について共に考え、実行していくようにする必要がある。まして、非営利・協同組織においてリストラ等をやって職員を切り捨てるような行為は絶対してはならない。
 第二に職員の採用、養成にあたっては、最もだいじにすべきことは非営利・協同組織の経営理念や事業活動に対する共感と共に実践していく決意の有無である。もちろん、職員の能力や適性等に基づく採用、育成は当然だが、非営利・協同の事業活動に熱意を持つ姿勢をより重視すべきである。
  第三に職員の職務を常に職員自身の生きがいと結びつけていく努力を行うことである。営利企業と異なり、非営利・協同組織に入職し頑張ろうとする職員には自分の給与のアップだけを目的としたものはいないはずである。そうした職員の初心を大事にし、そのやる気をはぐくむような教育、職場配置等が求められる。
 第四に情実人事を排し、年功序列的人事を脱してやる気や能力に基づく人事を遂行することである。非営利・協同組織は一部経営者の所有物ではなく、当然情実人事などがあってはならない。また、旧態依然たる年功序列式人事は組織全体を停滞させ、官僚主義的運営の原因にもなる。人事も可能な限り明瞭化し、職員のやる気や能力に応じたものとしていく必要がある。また、後述の予算管理とも関連し、予算遂行状況によってそれを100%以上達成した場合には、全職員あるいは当該事業所職員の超過額の一部を決算賞与として支給するといった取り組みを行っている非営利・協同組織もある。

② 人事評価と職員処遇の在り方

 営利企業の場合、人事評価と職員処遇についてはある意味単純である。基本的に利益獲得への貢献度合で評価され、給与等もそれに基づき決定されていく。終身雇用、年功序列の日本的経営では欧米と比較してソフトな印象があったが、バブル崩壊以降否定され、非正規雇用の増加と併せてより露骨なものとなった。
 これに対して、非営利・協同組織ではほとんどそうした人事評価等は行わない。利益追求を経営目的としないことからいってそれは当然である。しかし、それでは非営利・協同組織において人事評価等は不要なのであろうか。人事評価をせず、年功序列の賃金体系で果たしてよいのだろうか。
 非営利・協同組織の中で職責者や経営幹部になろうとする職員がでてこない、という「悲鳴」を聞くことがある。ただの職員であれば残業代等100%支給されるのに、管理者になったとたん管理者手当が固定で出されるだけで実質労働時間は増えるばかり、というのがその理由だと聞いた。こうした状況では健全な経営組織の発展は図れないであろう。非営利・協同組織であっても適切な人事評価を行い、それを管理者登用や給与等の職員処遇に反映させていくことは必要と考える。
  それでは、非営利・協同組織における人事評価はどのように行われるべきだろうか。一部には「目標管理」システムと結合して、各職員の業務上の目標との対比で到達度を評価し、それを賞与等の処遇に反映させる取り組みも行われたことがあった。また、民医連の法人の多くでは、年に一度職場管理者による職場面接を行い、それを管理者登用等の判断材料とする取り組みが行われているようである。現状は模索段階にあると言わざるを得ないが、以下の点を基本に、創造的に実践していくことが望まれる。

・ 人事評価は、営利企業における利益貢献といった単純な指標では行わない。非営      利・協同の事業活動への貢献度といった指標を可能な限り客観化し、用いていく。
・ 評価基準は明瞭で、組織内にも公表しうるものとすることが望ましい。
・    評価は直属の上司だけでなく、事業所管理者等複数のものにより、集団的に行う。
・    評価の結果は、その度合等を慎重に検討したうえで職員の給与、賞与や管理者登用等に反映させる。なお、当然ながら管理者になったことで給与が減少するといったような矛盾はあってはならない。

③ 労働組合との連携

 非営利・協同組織では経営者は搾取者ではなく、労働者は搾取されるものではない。また、非営利・協同組織は、経営目標の一つとしてそこで働く職員の生活を守り発展させることを使命とする。よって、非営利・協同組織において職員の生活向上を基本目的とする労働組合は経営者の敵ではなく、共に連帯し、経営組織の発展を協同して図っていく対象である。
 したがって、非営利・協同組織と労働組合の関係は、営利企業のそれとは根本的に異なる。非営利・協同組織は職場の代表、働く労働者の代表として労働組合の意見を真摯に受け止める必要があるし、一方労働組合は、所属する労働者が外部の営利企業や政府等から収奪を受けていることは当然あるとしても、非営利・協同組織は基本的に労働者搾取は無い経営であることを正しく認識する必要がある。また、両者がそれぞれの立場で率直な意見を交わしあい、場合によっては労働組合ストライキを行うことは当然ありうるが、職員の生活向上を図っていくことを基本に相互に連携して取り組みを進めていくことが望まれる。さらに、非営利・協同組織が労働組合と共同して国や営利企業等への社会的要求を行い運動していくこともこの間実践されている。


(5) 非営利・協同組織での会計管理 

 会計とは、その実施により経営組織の状況を金額や係数で把握し、真実の経営状況の開示や経営改善、保有する財産の保全等を果たす役割を持ち、経営管理を適切に遂行していくための手段、道具である。非営利・協同組織においては、会計を通じて職員、組合員、地域住民等の経営参加を進めて行くことを目的とする。

  会計は、その役割に応じて、大きく二つに区分される。なお、この二つは別個に遂行されるわけではなく、実際には会計業務として一体的に運用される。
  一つは財務会計と呼ばれる。財務会計は、外部報告用会計、制度会計とも呼ばれるが、要は非営利・協同組織に結集する人々や行政、さらには社会全般に対して、組織の経営状況の実態を決算書等の形式で報告する会計である。財務会計は、法人形態ごとに定められた法的基準(企業会計原則、公益法人会計基準等)に準拠する形で作成され開示される。非営利・協同組織も一個の社会的存在であり、基本的にそうした法的基準を踏まえて作成していく必要がある。
  もう一つは管理会計である。予算を策定し実績と対比する中で経営改善の方策を検討し実践すること、不正、誤謬等を防止し保有する財産を適切に保全する観点で帳簿記録し、点検し、管理することがその役割である。非営利・協同組織において全職員での経営参加を進めるためには財務会計だけでは不十分であり、管理会計の手法を創意工夫して進めていく必要がある。

① 非営利・協同組織における財務会計実施上の留意点

  非営利・協同組織はそれぞれの存在基盤となっている法人形態ごとに定められた法的基準に準拠して決算書等を作成するが、ただし、必ずしも機械的に準拠していればそれでよいという訳ではない。

 営利企業は、21世紀に入って新自由主義イデオロギーに基づき、利益追求を露骨に推し進めている。企業会計の分野では、利益の享受者である株主、投資家のための経営情報の開示が重視され、現在の企業価値の判断データとして、時価主義=保有する資産や負債を時価で評価する会計に変貌してきている。そして、時価主義会計の流れは株主等が存在しない非営利・協同組織の会計基準にも影響を及ぼしている。
 例えば、この間企業会計において土地等の固定資産の評価につき減損会計が実施され、、非営利・協同の法人形態の会計基準にもほとんどそのまま導入されている。減損会計は不動産の評価額をその利用による獲得予想収益を基に決定するとし、取得価額よりその評価額が低い場合にはその分の評価減を計上するというものである。しかし、非営利・協同組織の場合には利益追求を目的としているわけではなく、例え収益力の乏しい固定資産の利用状態であっても、非営利の事業に意義があればそれを継続して使用する。また、不動産の売却による利益獲得などは基本的に想定していない。減損処理を行うことで、かえって非営利・協同組織に関係する人々に不安や誤解を与えしまいかねない。
 また、10年以上前になるが、グローバルな会計基準を目指している国際会計基準において、協同組合の出資金につき脱退時の返還を定めているものは資本ではなく負債、との提案がなされたことがある。確かに営利企業の法人形態である株式会社の場合には返済し減少しうるものは負債とすることに異存はないが、そもそも営利を目的としない地域の多数の組合員が拠出する出資金の意義、特殊性を考慮せず、機械的に株式会社と同様に取り扱うことはできないと考える。
 以上、法的に定められた会計基準であっても、非営利・協同組織はそれを鵜呑みにせず批判的に対処していくことが求めらる。例えば、加盟する法人の法人形態が多様な民医連では、それらに共通するルールとして民医連統一会計基準を定め、法人形態ごとの基準を踏まえつつも、それを批判的に摂取する立場をとっている。

  さらに、開示の形式、内容について、法人形態ごとの会計基準にはそれぞればらつきがあるが(例えば、銀行等からの借入限度額の定めを義務化している法人形態もあればそうでないものもある)、職員、地域住民等に明瞭でわかりやすい経営情報という観点から、適切な開示を進めていくことも非営利・協同組織としては必要である。

② 非営利・協同組織における管理会計上の基本点

 第一に重要なのは予算に基づく管理である。営利企業でも予算は作られるが、営利目的を第一義としない非営利・協同組織における予算は特別に重要である。非営利・協同組織の予算は経営目標実現のための事業構想の裏付けとなる経営数値上の指針だからであり、したがって、予算は非営利の事業構想に基づいて設定していく必要がある。一方で、予算は事業活動に必要な利益(剰余)目標を基本に設定すべきである。非営利・協同組織において利益獲得は第一義の目的ではないが、非営利の事業を育て発展させていくためには一定規模の人員確保、設備投資等は必要であり、その実現のためにはある程度の利益ができなければ再生産に行き詰まりかねない。予算につき、経営者はその編成方針を提起し、各職場での議論を経て確定し、実践する。さらに予算実践の結果を総括し、改善していく取り組みが求められる。
 予算は対象期間別に、中長期、単年度、月次と分けられる。
 中長期予算は中長期経営計画とも呼ばれ、3~10年程度を対象期間とし、新たな事業展開や次世代への橋渡しの役割を持つ予算である。非営利・協同組織の場合、事業や活動の構想は多くで持っているが、経営計画がないところが多く、事業遂行上の弱点となっている。新たな事業所設備の建設、新たな地域や新規事業への進出等を展望し、その裏付けとなる予算として検討するべきである。また、この計画、予算づくりは経営トップが責任を負うべきものであり、全職員、組合員が納得、理解されるものとして事業活動目標とセットで進めるべきものである。なお、よく金融機関の借入のために根拠のないバラ色の計画を作る法人があるが、そうした予算ではなく十分吟味した実行可能な予算を作成する必要がある。
 次に単年度予算は1年間の予算であり、予算といえば通常単年度予算のことを言う。単年度予算は、その前年度の実績及び中長期予算を踏まえ、それを整合また改善策を織り込んだ形で策定する。予算開始3~6か月前から検討を開始し、現場職員や事業所管理部の意見を踏まえる必要がある。また、職員に対するベースアップや賞与等を検討し、それを織り込むことになる。
 最後に月次は年度を12等分した月ごとの予算である。月次予算を12か月分積み上げて単年度予算とし、毎月次実績比較する形で執行状況をチェックし、改善策を追求していく必要がある。なお、月次予算を簡略化し、単純に年度予算を12等分して作成するような事例が見られるが、これでは時期、季節ごとにある事業の繁忙状況を無視するもので、予算管理を形骸化させかねない。

 第二に重要なのは分権管理である。経営の管理責任を経営トップや管理者層に集中させず、可能な限り現場の職責者、職員に担ってもらうということ=全職員参加の経営、である。このことは、一部株主等に所有、支配されている営利企業においては原理的に不可能なことであり、特定の所有者が存在せず多くの地域住民等支えられた非営利・協同組織だからこそ可能な管理手法である。それが十全に発揮されれば、強力な力を発揮する。逆に、非営利・協同組織において、こうした取り組みが弱い場合には、営利企業との間で優位性が発揮できず、事業間競争に敗れてしまうこともありうる。
 また、全職員参加の経営、分権管理を実現していくためには、掛け声だけ唱えていても実現不可能である。それを可能にする仕組み=システムが必要である。すなわち以下のとおりである。

・    現場職員に対し、迅速に正確でわかりやすい経営情報を提供する。そこには法人、事業所の経営情報と併せて、身近な各現場での経営情報を提供する。
・    現場職員が自ら経営情報を認識理解、さらには改善策を提起実践することとし、またそれらが遂行できる能力を育てていく。
・    非営利・協同組織全体あるいは事業所全体として現場職員からの経営情報を汲み取り、それを法人、事業所運営に生かしていく

  これらを実現するために必要なのが、事業所別独立会計、部門別損益管理である。

  事業所別独立会計は、非営利・協同組織内の事業所ごとに独立した会計管理機能を付与し、そこに事業所の予算策定、日常及び決算処理、決算総括、資産・負債管理の責任と権限を事業所管理部のものとする管理システムである。
  事業所独立会計の仕組みは次のとおりである。

・    本部(本社)を含む各事業所を独立会計単位とする。
・    各事業所はそれぞれ損益計算書だけでなく貸借対照表も持ち、事業所ごとに管理部を中心にその勘定残高の管理に責任を負う。本部(本社)も同様であり、本部の費用は本部予算に基づき本部費として、適正に各事業所が負担する。
・    事業所間の取引は、適正な取引価格を決め、本支店勘定(内部付替勘定)を通じて付け替える。
・    本部(本社)まかせの会計処理ではなく、事業所ごとに現場ー職責者ー管理部の会計伝票による起票、承認の流れを確立し、会計処理を行い、各事業所で月次決算を行う。
・    資金は本部(本社)に集中し、各事業所はその使用資金量に基づき使用資金利息を負担する。
・    本部(本社)を含む各事業所ごとに責任のある予算管理を行う。


 次に、部門別損益管理とは、さらに現場職員に近づいた関係管理を行うために、各事業所をさらに部門、職場等に細分化し、それらの部門で予算策定、決算総括等を担い、部門管理者が責任を負うシステムである。
 部門別損益管理の仕組みは次のとおりである。(民医連の病院を例として説明する。)

・    病院組織を大きく直接患者に接する直接診療部門、直接診療部門からのオーダーを受けて業務を行う診療技術部門、医療行為以外の支援を行う診療補助部門の3部門に分け、さらにそれぞれについて下記のように細分化する。
   直接診療部門ーーー各入院病棟、外来各科等 
      診療技術部門ーーー検査、放射線、リハビリ等
      診療補助部門ーーー医事、管理等
・    各部門はそれぞれ損益計算書を持ち、部門ごとにその勘定残高の管理に責任を負う。
・    直接診療部門が診療報酬等に基づく収益を計上する。診療技術部門、診療補助部門は、適正な内部取引価格を決め、直接診療部門に部門受託収益(直接診療部門側では部門委託原価)を請求、計上する。
・    部門ごとに現場ー職責者の会計伝票による起票、承認の流れを確立し、会計処理を行い、各部門で月次決算を行う。
・    各部門ごとに責任のある予算管理を行う。

 これらの分権化した会計管理システムを導入することで、現場職員に自分が働く職場の経営状況を把握し、改善策を考え、実践していくことが可能となる。さらにそうした理解を基礎に、事業所全体あるいは法人全体の経営管理に参加し、担っていく気風を育てていくことが可能となる。