公認会計士・税理士 根本 守 のブログ

私は、所属する協働公認会計士共同事務所において、日本の数多くの「非営利・協同」組織の経営や会計に関する支援業務を行ってきました。「非営利・協同」組織を今後も応援しさらに大きく広がってほしいと願う立場で、このブログにおいて「非営利・協同」の様々なことを述べたいと思います。なお、過去に事務所のホームページ等に掲載した文章も、現在でも有効と思われるものは(例えその後に法令等が改定されているものであっても)そのまま転載しています。(2019年8月)

ドイツにおける資本会社(株式会社、有限会社)の「共同決定」制度

   40年ほど前、会計士試験の勉強をはじめ、試験科目の一つである経営学の試験委員(出題&採点者)の一人が当時の西ドイツ共同決定制度の研究者であった。今ではどうかわからないが、当時、経営学等につき合格レベルの答案作成のためには試験委員の学説学習が不可欠であり、会計士試験のために旧西ドイツ共同決定制度なるものを勉強せざるを得ないことになった。しかし勉強して見ると以外に興味深く、他の試験科目より時間をかけて学習した記憶がある。
(ただし、いざ受験というときに試験委員が交代してしまい、この勉強は試験自体には全く役にたたなかった。人生とはこういうものである。)

 表題にある「共同決定」とは、会社の経営について、株式出資を行う資本家とそこで働く労働者とが「共同決定」することを意味する。ドイツ以外のアメリカ、イギリス、フランスや日本等では会社は株主である資本家のものであり、労働者は経営権にはタッチできずコストの一部に過ぎないこととなっているのに対し、非常に特徴的である。あとで述べる通り、ドイツが含まれているEUにおいても「共同決定」制度が一部取り入れられている。

   ここでは、「株主資本主義」「営利第一主義」への批判という立場から、ドイツ「共同決定」制度を紹介し、併せて私見を述べたいと思う。


1、ドイツでの「共同決定」法制度

 ドイツの株式法上、最高決議機関が株主総会であることは日本と変わらない。しかし、日本では取締役会に対する監査機能を果たす監査役会は、ドイツでは最高意思決定機関として会社の基本方針の決定や取締役の選任等を行う機関であり、株主総会監査役のみを選任することとなっている。
   その上で、この監査役の構成について、以下のように法定されている。

① 1951年 モンタン共同決定法(旧西ドイツ)

 従業員1000人超の石炭、鉄鋼産業の資本会社(株式会社、有限会社)が対象。監査役の構成は、原則として株主代表4名、労働者代表4名、公的機関の代表3名、合計11名となっている。(なお、資本金の額が大きくなれば監査役の総数は増加するが、構成割合は変わらない。)なお、取締役中労務担当取締役の就任は、労働者代表監査役の承認を要する。

② 1976年 共同決定法(旧西ドイツ)

 従業員2000人以上の①を除く資本会社が対象。監査役の構成は、従業員数により12~20名の幅で変動するが、株主代表と労働者代表とが同数で構成することは変わらない。ただし、労働者代表には、労働組合代表(ドイツは企業別組合ではなく産業別組合である)だけでなく、一般労働者代表も含まれ、さらに最低1名は中間管理職代表も含めなければならない。なお、監査役会での議決は当然多数決だが、賛否同数の場合には、議長である株主代表監査役が第二次投票権を持つ。

③ 2004年 三分の一関与法

 ①②以外の資本会社は、監査役会総数の1/3を労働者代表が占める。

 

2、EUでのヨーロッパ会社(SE)での「共同決定」制度

 ヨーロッパ会社法が2004年に施行された。ここには、EUの主要メンバー国であるドイツの「共同決定」制度の影響が見られる。
まず、ヨーロッパ会社とはEUレベルの法人形態であり、EU理事会規則に基づく法人格であってヨーロッパ各国の法人法制には規制されない。従来ヨーロッパ内でも国境を越えて事業展開を行うには現地法人等を通じて行う必要があったが、ヨーロッパ会社になれば、一つの法人格でよい。国境を越えた合併等ヨーロッパ会社になることのメリットは大きいとされる。
 ヨーロッパ会社の基本的な機関構成は、株主総会は当然として、それ以外は以下からの選択となる。
①業務執行機関としての取締役会のみ
②監督機関としての監査役会と業務執行機関としての取締役会
   そして、労働者代表の経営参加に関しては、労働者の代表組織である特別交渉機関と交渉し、資本側と労働側の合意により自主的に決定できる。
 なお、ドイツの会社がヨーロッパ会社となる場合、合意ができない場合には、標準ルールとして、ヨーロッパ会社の設立経緯(合併、関係会社設立、組織変更)に応じて、一定の条件付きで従来の「共同決定」方式が維持されることになっている。

 

3、「共同決定」制度の思想

 大規模株式会社に代表される経済活動を行う経営組織の基本目的は最大利潤すなわち最大の収益性であり、そこで働く人間はそうした目的を達成するための道具、手段である。これが資本主義経済での基本的な思想であり、ドイツにおいてもそうした考え方に基づき企業の経営がとらえられてきた。
 20世紀前期のドイツの経営学者ニックリッシュ等はこれを批判し、そうした経営では人間疎外を招来するとし、「このような誤りの下においては、経済する人間は苦しみ続け、法律上においても現実においても、ついには葬り去られるであろう」とする。
 これを克服するため、企業は資本家、労働者の共同体であるものとして、そこで働く人間は資本の下で働く手段であると同時に、自己実現を図ることを目的とした主体でもある、とする。また、企業の基本目的は、利潤の追求ではなく、労働者の賃金を含めた経営成果(=付加価値)である、ととらえるのである。したがって、企業で働く労働者は株主、経営者とともに経営に参加する権利を有し、企業の意思決定は資本家と労働者が「共同決定」すべき、との考え方が生ずる。これが「共同決定」制度の思想の源流である。
 ただし、一方では、こうした考え方はあくまで資本主義制度の枠内でのものであり、資本の私的所有権は引き続き擁護され、資本の否定よりもむしろ労働の地位を高め、経営成果の産出と分配過程に労働者が参加することを重視する、としていることに留意が必要である。

 

4、「共同決定」制度の限界

 一方で、「共同決定」制度は以下のような限界があり、正確な認識が必要である。

(1) 「共同所有」ではない

 「共同決定」制度はあくまで企業経営における労使の共同決定であり、労働者が企業の所有者となるいわゆる「労働者企業」ではない。したがって、労使の意見が不一致となった場合での最終的な意思決定権は株主側にある。この点で、社会主義的な「公有」「社会的所有」とは明らかに異なっており、マルクスのいう「生産手段の私的所有の止揚」が実現できているわけではなく、労働者の経営参加といっても限界を有する。

(2) 法制度上の限界

① ドイツ企業の最高意思決定機関である監査役会における労働者側の構成比率は1/2を越えることはできない。

② 監査役会での議決が労使間で分かれ賛否同数となった場合、最終的な第2次投票権は資本側に属する。 

③ 監査役会構成上の労働者代表には、労働組合代表だけではなく中間管理職の代表も含まれている。

 

5、資本側からの批判

 21世紀に入り、EU統合や企業のグローバル化が進行する中で、また、新自由主義的思考が広がる中で、ドイツの多国籍企業等から「共同決定」制度の廃止が提起されている。その理由は、①企業活動のグローバル化の中で、機動的効率的意思決定を行う上で障害となっている、②労働者代表には経営者としての識見、能力が不足している、といった点である。ドイツやEUにおいても、アメリカ型の「株主資本主義」を求める動きは強まっているものと認識される。

 

6、私見

 以上述べてきた点を踏まえ、「共同決定」制度に対する評価等私見を述べたい。

(1) 営利大企業における経営参加

 ① 労働者の経営参加の意義

   営利大企業において、そこで働く労働者の代表が経営参加する意義は、例え様々な制約条件があったとしても、基本的に大きいと考える。株主を代表する資本側の経営者 に対して賃金等の労働条件をはじめとした意見を労働者代表が主張することは、少な くとも利益最大化、配当の拡大のみを志向する経営に対する一定の規制になると考え る。したがって、「共同決定」制度を日本においても導入する積極的な意義はあると考える。
   なお、日本においては、取締役会等の経営機関とは別に、「労使協議会」といった協議機関を設置している企業が多いが、それを法的にも正規の経営機関の中に位置づけ ることとの違いは当然質的に異なると考える。日本の場合、企業別労働組合であるこ ともあって、労使協議会が単なる情報伝達や労働者の不満の「ガス抜き」の役割に過ぎず、実質上経営の従属機関となりうる。

 ② 一方での限界の認識

 一方で、その限界も明確に認識しておく必要があると考える。すなわち、前述の通 り「共同決定」といっても労働者側は実質上1/2未満の発言権にとどまらざるを得な い。よって、最終的には株主代表としての経営者側の意思決定が認められる制度とな っている点は留意が必要である。
 さらに、例えば、労働者代表の反対にもかかわらずリストラや賃金引下げ等労働者側に不利益な意思決定が経営判断としてなされた場合、そこに労働者代表が参加し「共同  決定」していることが、経営者側の責任回避、労働者側への責任転嫁に利用される可 能性も生じうる。したがって、「共同決定」という場合、労働者側の権限をどこまで認めさせるか、逆に株主代表経営者の権限行使へのチェックをどういった形で図るかが問題 となろう。すなわち、そもそも労働者がどこまで経営参加すべきかという検討が必要 となると思うのである。
 いずれにしても、「共同決定」制度には現在の営利大企業の在り方を改革する上での限界があることは認識しなければならない。

(2) 非営利・協同組織における労働者の経営参加

 ① 意義

   営利を求める株主が存在しない非営利・協同組織の場合には、基本的に事情は異な る。非営利・協同組織の基本構成員、出資者である組合員、社員等は基本的に利益の 最大化、多額の配当を求めてはいない。非営利の立場で、公益的な事業目的を持ちあ るいは相互の助け合い活動の推進を求めている。そこで働く労働者と立場は異なるも のの、組合員等が労働者の働くを理解し、労働者側が非営利・協同組織の活動目的に 共感を寄せることで、労使間の共通理解は十分可能と考える。
   また、公益法人、医療法人、社会福祉法人等の非営利・協同組織においては、労組の役員を担っていた労働者が管理者となり、さらに実質上の任務分担として理事等の役員になっている事例は多数見られる。事実上の労働者の経営参加になっているといってもよい状態になっており、これに制度として労働組合の代表として理事会に参画する仕組みをも導入することで、制度として「共同決定」制度が機能しうると考える。
   したがって非営利・協同組織には、営利大企業より以上に労使の「共同決定」制度 を積極的に進めていく条件があり、導入を図っていくことが望まれよう。非営利・協同組織の一部に営利企業の労使協議会等と同一視して労働組合の経営参加に否定的な意見も聞かれるが、硬直した思考ではなくむしろ積極的に関与していく姿勢が期待される。

 ② さらに労働者を含む共同所有

   さらに、現状の「共同決定」制度の限界を乗り越え、労働者を非営利・共同組織の 所有にも参画していくことが考えられる。すでに、いわゆる生産者協同組合において はそれが実現しているが、労働者が自らの職場に労働を提供するだけではなく、その 所有者となり、経営にも参加することで、労使の「共同決定」は、労働者、ユーザー、消費者、患者等ステークホルダー全体の「共同決定」制度に発展しうると考える。