公認会計士・税理士 根本 守 のブログ

私は、所属する協働公認会計士共同事務所において、日本の数多くの「非営利・協同」組織の経営や会計に関する支援業務を行ってきました。「非営利・協同」組織を今後も応援しさらに大きく広がってほしいと願う立場で、このブログにおいて「非営利・協同」の様々なことを述べたいと思います。なお、過去に事務所のホームページ等に掲載した文章も、現在でも有効と思われるものは(例えその後に法令等が改定されているものであっても)そのまま転載しています。(2019年8月)

商法(会社法)のこの間の改定動向と今後の方向

 商法(会社法)等が、21世紀に入り連続的に改訂されてきています。今後も、条文自体のカナ文字表示から平がな表示への変更をはじめとして、大幅な改訂が予定されているようです。非営利・協同の法人の場合、株式会社や有限会社といった商法等が規制するもの以外の法人形態が多いと思いますが、現代日本の圧倒的多数が株式会社等の営利法人形態であることから、法人税法や各法人形態を規制する法律にも影響してくることが考えられます。
 したがって、商法等の改訂の動向を知っておくことはある程度必要だと思います。非営利・協同の立場からみた基本的な改訂の方向やポイントを以下に述べたいと思います。
 
(1) アメリカ型コーポレートガバナンスの導入や役員の責任軽減等

① アメリカ型コーポレートガバナンスの導入

 「コーポレートガバナンス」とは直訳すると「企業統治」となりますが、一般的には会社の「法的機関」、すなわち株主総会、取締役会、監査役といった制度のことをいいます。従来は、国の三権分立制度に対応していうと、最高議決機関は株主総会、経営執行を行う取締役会、監査を行う監査役となっていました(近時、法的な意味での役員ではない、「執行役員」という制度を一部導入した大企業もありましたが)。
 これにつき、取締役会の閉鎖性や意志決定の遅滞、株主総会の形骸化、監査役の機能不全が問題となってきました。いわゆる日本的経営の限界や問題といった言い方で議論されてきたのです。
 そこで、アメリカの制度を参考に、新たな制度が導入されたのです。すなわち、
a 定款の定めで「委員会等設置会社」となり、「(役員)指名」「報酬」「監査」の3委員 会制度のそれぞれ過半数社外取締役の構成による設置と「執行役制度」の導入を行い、 同時に監査役制度を廃止する。また、当制度導入により、利益処分の権限が取締役会に 移る。
b 現存の常務取締役会を「重要財産等委員会」として取締役会で制度化し、重要な財産 処分や購入、多額の借財の決定権限を同委員会に委譲する。
といった方法です。なお、現状制度およびa、b、の方法のいずれを選択するかは各会社の判断であり、3つの制度が併存することとなります。

 エンロン社の会計不正等のアメリカの事態を見れば、こうした制度の導入が必ずしも企業の民主的統治や社会的責任に効果を及ぼすとも思えませんし、逆に監査役制度の廃止や株主総会の権限が弱くなることで、法的規制が弱まりかねないように思います。財界内でも様々な批判はあるようです。法制当局の過去の制度変更に効果がないことの批判逃れのような気もします。形式の変化に惑わされず、本質を見ていく必要があるように思います。

② 監査役制度の強化

・ 監査役の取締役会出席の義務化
・ 監査役任期の3年から4年への延長
・ 大会社における社外監査役の1人から過半数への拡大
といった制度強化が図られました。

 これらは一応監査役の独立性や権限強化の方向と思われます。ただし、監査役が取締役会に「従属」しがちな日本の会社制度を抜本的に変更するものとなるとは思われません。

③ 役員の責任軽減

 バブル崩壊以降会社倒産を巡る役員の不正等の不祥事について、当時の役員に対する株主からの損害賠償請求訴訟が多数起こされました。これに対し、財界サイドより「日本企業の役員はサラリーマン」「役員になる人がいなくなる」といった意見が出され、法的に、重過失があった場合を除いて、以下のように賠償限度額の上限が定められました。

 ・ 代表取締役         報酬等の6年分
 ・ 社内取締役         報酬等の3年分 
 ・ 社外取締役および監査役 報酬等の2年分

 こうした限度設定は、株主総会での決定(特別決議)以外にも、あらかじめ総会で定款変更を行った上で取締役会で決定することもできます。また、株主代表訴訟が起こった後に定めることができることも特徴的です。

 確かにアメリカの大企業の役員報酬はむちゃくちゃな場合が多いのですが、日本の大企業役員の報酬も一般サラリーマンと比べればそれなりに高く、株主の訴訟提起を実質上押さえ込むねらいがあると思われます。

(2) 債権者保護から経済活性化の促進へ    

 従来の商法の基本的目的は「債権者の保護」でした。つまり、商取引の円滑な発展の上では債権者を守ることが必要との考え方からのものです。ふつうの勤労者にはぴんとこないかもしれませんが、ゴルフやレジャー会員権(保証金部分がゴルフ場会社等への債権となる)の所有者がこの間会員権の返還に応じてもらえない事態が頻発している状況を見れば、債権者保護の必要性は理解できると思います。
 また、商法の中での会社法においては、債権者保護とともに会社の所有者である株主との利害を調整することも基本目的であり、その立場から「資本の維持、充実」そのための法規定が定められてきました。具体的には、会社運営の財政的基礎となる資本金は確実に維持し増加に努めることとされ、資本準備金利益準備金といった自己資本の蓄積ルールと株主への配当限度を定めています。同時に株主の責任は株式取得時の払込額を限度とする、すなわち有限責任としています。

 こうした従来の商法上の基本目的について、この間見直しがはかられてきています。もっと現実的に、会社の株式発行による資金調達の容易化をはかり経済活動を活発化することや株価の下落を防ぐために、会社としての株価引上げ策を認めようという方向です。言い換えると、債権者保護といった理念から、株価操作や株式発行を含めた会社経営者の裁量を大幅に認めようとする方向への転換です。
 
この点は、大きな問題を秘めているように思われます。アメリカでは、通常の生産活動による業績向上よりも、企業買収や再編を新株の発行等によって行い株価を引き上げようとする経営者の活動が脚光を浴び、そうした経営者がストックオプションにより莫大な利益を得るような状況が生まれ増したが、そうした経済状況を日本にも生み出しかねないと思うからです。そうした事態は、真の日本経済全体の活性化、発展に貢献するとは思えません。

 以下のような改訂が行われています。

① 多様な種類の株式発行の容認

 以前の商法改正で、株式の額面(通常5万円)は廃止され、既存の額面株式も含めてすべて無額面化されています。また、一定の限度はありますが、配当優先株普通株式と異なる株式発行が認められてきました。
 この間の改正ではさらに進んで、以下のように新株発行規制の緩和や様々な種類の株式発行を認めています。

・ 定款に定めた授権株式数に占める発行株式の割合が1/4以上とする規定が撤廃され た
・ 配当優先株等のみに認められていた無議決権株(議決権を持たない株式)につき、普  通株式にも認めるとともに、議決権制限株の発行株式に占める割合を1/3→1/2以 内に引き上げた
・ 特定の事業部門や子会社の業績に応じて配当が計算される株式(トラッキングストッ ク)の解禁
・ 定款に株式の譲渡制限条項のある会社について、役員の選解任権を持たない株式の発 行を認める

 いずれも、会社経営者の裁量が大幅に引きあがるような株式発行制度の改定です。 

② 自己株式取得(金庫株)の解禁

 従来自己株式の取得は、資本の充実・維持の原則に反し、経営者による株価操作を招くため認められていませんでした。
 しかし、この間の商法改正で全面解禁されました。自己株式取得は一種の減資であり、その機動的な実施をみとめることが適当であり、ストックオプションや法人合併や営業譲渡等への対応も容易であるとの判断からです。

 したがって、一定の法的規制はあり、取得額は利益剰余金等配当可能限度額を上限としてはいますが、会社が自社の株式を購入し株価を引上げ操作するようなことも法的には可能となりました。

 金庫株解禁により、これを実施することで経営者による株価操作が可能となります。将来大きな問題が起こることが危惧されます。
 
③ ストックオプション制度

 ストックオプションとは、会社から一定の価格で株式を購入できる権利を取得することです。将来、ストックオプションの契約価格よりも株式が値上がりした場合には、権利を行使することにより有利な価格で株式を購入することができ、その株式を売却することにより取得者は利益を得ることができます。また、将来、株式が値下がりした場合には、権利を行使しなければ損失は発生しません。その意味で、会社の業績向上に連動する利益提供の仕組みとして脚光を浴びてきました。
 従来の商法では様々な制約がありましたが、改訂により大幅に緩和され、その譲渡も可能となりました。また、税法上もストックオプションに対する優遇が定められ、取得者がオーナーの同族でなく、年間12百万円以内といった要件を満たす税制適格ストックオプションの場合、権利行使すなわち株式取得時での課税が繰り延べられ、株式の実際売却時まで課税されません(なお、課税時の所得が一時所得か給与所得かについては現在係争中となっています)。
 また、ストックオプションについての会社での会計処理について、単なる新株発行か、人件費かといった点等が論点となっています。アメリカのように、ストックオプションの実態が巨額の役員報酬として実施されていることからいって、人件費として処理すべきと思います。

(3) 「会計ビッグバン」への対応

 この間の「会計ビッグバン」の影響を受けて、商法の計算規定も変化をしてきています。
一方で、(2)に見られるような商法の改定を受けて会計処理や表示のルールも対応することとなっています。
 概要は以下のような点です。

・ 時価会計の容認
有価証券や退職金債務等の時価評価の容認

・ 大会社についての連結決算書制度の導入

・ 資本の部の表示の追加や変更

    従    来          定  後                        

    資本金             資本金
    法定準備金           資本剰余金
     資本準備金           資本準備金
     利益準備金           その他資本剰余金
    剰余金             利益剰余金
     任意積立金           利益準備金
     当期未処分利益         任意積立金
                    当期未処分利益 
                    株式等評価差額金
                    自己株式

 また、今後の機動的な計算規定の改定を意図して、計算部分(評価や表示の部分)は商法本文ではなく、その施行規則により定めることとなりました。


(4) 今後予定されている商法改定のポイント

 法務省法制審議会では、04年度以降の商法改定について、03年10月に「会社法制の現代化に関する要項試案」を発表しました。それによると、商法のカタカナ表記をひらがな表記に改めることを含む現代語化や、商法と有限会社法や商法特例法の一本化、等形式面だけでなく、実質的な改訂も以下のようなポイントにつき行うことを検討しています。

・ 株式譲渡制限株式会社の有限会社並の機関設計
・ 最低資本金制度の廃止を含めた見直し、資本の額の下限規制の廃止
・ 子会社による親会社株式の取得許容等さらなる株式関係の規制緩和
・ 取締役責任の過失責任化等等さらなる権限と責任の見直し
・ 会計監査人制度の見直し
・ 配当限度額、準備金の一本化等計算規定の見直し 等 

 私見では、商法に含めるか他の法律で規制するかはともかくとして、「債権者保護」といった基本理念を発展させて、商品の消費者や働く労働者の権利を擁護する方向が望まれると思いますが、議論の方向はそのようには向いていないようです。引き続き注視していく必要があると思われます。