決算書作成のための基本ルールに「真実性の原則」という基準があります。決算書は経営の状況につき真実を伝えなければならないということです。なんだか当たり前のことのように思いますが、実はそうでもありません。世の中には、真実を表していない決算書、「うその決算書」がたくさんあります。この間の大企業の倒産事件では必ずと言っていいほど粉飾決算、すなわち「うその決算」がついて回りました。われわれも、決算書が真実性の原則に沿っているか、「うその決算」ではないかを見極める眼を持つことが必要です。
ここでは、このところ新聞やテレビをにぎわしている日本道路公団を例に、「真実性の原則」の適用や現状の課題について解説してみたいと思います。
道路公団はご承知の通り、高速道路、有料道路を建設、管理運営している国土交通省所管の特殊法人であり、この間採算性を考慮しない建設投資に対し強い批判が行われ、民営化の議論が盛んです。政府系の法人なので、公会計独特の会計基準を適用してきましたが、現状の経営評価に当たって、民間企業に適用している一般的な基準に基づく決算書を6月に正式に作成公表しました。しかし、別途、実質上の債務超過状態(資産が負債を上回る倒産状態)を示す貸借対照表が内部で作成されていたことが内部告発で暴露され、混乱状態となっています。
1、日本道路公団の公表決算書
まず、公団で毎期作成されている公会計独特の会計基準に基づく決算書を見てみましょう。後述の実態決算書等と比較するために、2001年3月期の決算書を簡略化して示します。
(1)公表決算書の概要
損益計算書(00/4月~01/3月) (単位;百億円)
事業収益 220
管理費等 42
事業外費用 82
*1償還準備金繰入等 96 220
当期利益 + 0.2
貸借対照表(01/3月末) (単位;百億円)
流動資産 15
事業資産 3,397
事業資産建設仮勘定 457
その他固定資産等 58
資産合計 3,926
流動負債 39
固定負債 2,901
(*2含む政府出資金)
負債計 2、940
*1 償還準備金等 983
剰余金 3
資本計 986
負債・資本合計 3,926
*1 高速道路、有料道路の建設資金の返済に当てるため、事業収支差額(料金収入等から各種経費を控除した差額)をもとに繰入計上し、償還準備金として積み立てる。そして、各有料道路ごとに「事業資産=償還準備金」になるまで継続し、達成した段階で、道路は無料化し、決算書上も資産・負債同額で消去することとなっている。ただし、実際にはほとんど実施されていない。
なお、償還準備金繰入は、収支状況により増減するものであり、会計上の費用とはいえず、利益の積み立てといえる。したがって、公表決算書上償還準備金は負債計上しているが、ここでは資本の部に区分する。
*2 公表決算書では資本の部に区分されているが、実質上政府からの借入との判断で、ここでは負債の部に区分する。
損益計算書では当期利益は0に近いが、償還準備金繰入(実質利益の積み立て)を含めると1兆円近い利益がでているように見えます。
また、貸借対照表上も、利益剰余金残高3百億円にすぎないが、償還準備金を資本の一部と捉えると、10兆円近い資本合計となります。自己資本比率(自己資本/総資産)は25%であり、安定した財政状態のように見えます。
(2)公表決算書の問題点
① 事業資産に対する減価償却の未実施
道路資産は、稼働期間の中で、徐々に劣化していきます。通常は減価償却費を法人税法上の基準等で費用計上し、一定反映させます。しかし、公表決算書では、取得価額(建設費)のままとなっており、現時点では当然ながら実際価値を反映していないことは明らかです。
② 事業資産、事業資産建設仮勘定への建設期間金利の資産計上
高速道路等は、当然借金をして建設資金を捻出して建設するわけですが、この建設期間中における借入金の金利(建中金利)を費用計上せず、事業資産や建設仮勘定に含めています。つまり、資産はますます実際価値を反映しなくなります。
1、で述べた問題点は、当然民営化推進委員会等でも指摘され、民間の会計処理ルール(企業会計原則)に基づく財政状態(貸借対照表)の作成が求められました。それに対応すべく作成されたが、「債務超過」となっており、公団上層部の判断で隠蔽された貸借対照表が以下の通りです。今回内部告発により明らかになりました。
① 実態貸借対照表の概要 数値の右横の( )内は公表貸借対照表との差異
貸借対照表(01/3月末) (単位;百億円)
流動資産 15 (+10)
事業資産 2,387(-1010)
事業資産建設仮勘定 415(-42)
その他固定資産等 59(+1)
資産合計 2,876(-1050)
流動負債 38(-1)
固定負債 2,900(-1)
(含む政府出資金)
負債計 2,938(-2)
債務超過額(剰余金のマイナス) -62(-1048)
資本計 -62(-1048)
負債・資本合計 2,876(-1050)
上記貸借対照表では、資産10兆円以上減少し、約29兆円となりました。この為、自己資本は大幅に減少し、マイナスとなり-62百億円となっています。債務超過であるからとしてすぐに倒産するわけではなく、資金が続く限り継続可能ですが、健全な経営状況とはとてもいえません。早急に経営対応策を練らなければならない状態といえます。
② 実態貸借対照表の主な会計処理方針
1(2)の問題点に対応して、以下のような処理を実施しています。
・ 事業資産に対する減価償却の実施
事業資産について、税法上の耐用年数に基づく減価償却を実施しています。
・ 事業資産、事業資産建設仮勘定に含む建設期間金利の費用処理
事業資産等に含まれている建設期間金利を費用処理し、資産から除外しています。
(2)公団の「正式」の貸借対照表
これに対し、道路公団上層部は「民間ルールを適用しても財政状態は健全である」旨の公団としての「正式」な貸借対照表を明らかにしました。また、前記の実態貸借対照表は「内部の勉強会で私的に作成されたもので、責任あるものではない」との立場をとりました。
この「正式」貸借対照表は残念ながら未入手であり、雑誌からの情報から知りうるところを以下まとめてみます。
① 「正式」の貸借対照表の概要 数値の右横の< >内は実態貸借対照表との差異
貸借対照表(01/3月末) (単位;百億円)
資産合計 3,430<+554>
負債計 2,854<-84>
資本計 575<+638>
負債・資本合計 3,430<+554>
「正式」の貸借対照表では、実態貸借対照表と異なり、6兆円弱の自己資本となっています。実態貸借対照表より負債が1兆円弱少なく、資産が実態貸借対照表よりも約5.5兆円増加させていることがその要因です。この為、自己資本比率は約17%と、まずまずの水準となっています。
② 正式の貸借対照表の問題点
(雑誌記事によれば、以下の点を問題点として指摘しています。)
・ 建中金利の資産計上
・ 土地や道路建設物を取得価額ではなく、現時点の再調達価額で評価したこと。「取得価額の算定資料が公団に保存されていない?」との理由によるようだが、これにより、旧く工事費等安価な時期のものも高く評価することができた。しかも土地買収に当たっての地主への補償費だけは追加して資産計上している。
・ 減価償却は実施しているが、法人税法で40年と定められている盛土工事などの耐用年数を70年とし、償却費を少なく計算している。
3,決算書における真実性について
以上、駆け足で道路公団の3つの決算書を追ってきました。同じ道路公団の決算書なのに、それぞれ全く違う数値がでてきてしまい、経営の評価も全く違うものとなっています。どうしてこんなことが起こるのでしょうか。決算書における真実性はそれぞれにどうはかられているのでしょうか。
(1)1、で説明した公表決算書は、基本的に公的機関の会計の基準に基づいて作成されています。この基準は基本的に資金収支をベースに作成されており、資金収支のない収益・費用すなわち減価償却費は計上されません。これは貸借対照表の未作成と並び、公会計の重大な欠陥だと思います。
(2)建中金利の資産計上は、民間のルール=企業会計原則でも認められています。広い意味での取得価額を構成し、建設期に未稼働資産に関わる費用を計上するのは収益・費用が対応しないという理由からですが、当然資産価額は大きめになり、資産の時価評価という観点では問題です。
(3)資産の再評価については、
・ 「取得価額の算定資料が公団に保存されていない?」というのは、少なくとも評価益を計上する合理的理由にはならないと思われます。
・ 企業会計の分野でも、資産再評価法にもとづき期間限定で評価益を計上することが可能な時期がありましたが、一般的には評価益の計上は認めていません。
・ 再評価方法にも合理的でない点が認められます。
(4)一部資産の耐用年数の延長については合理的根拠があれば許容されますが、一般的には節税の観点から税法より長期の耐用年数を採用することは、健全経営の法人ではあまり見られません。
以上経営の真実を表すという観点からいって、「公表」あるいは「正式」に貸借対照表には少なくとも疑念があるということはいえると思います。形ばかり整備された決算書にだまされず、よく決算書を見ることが大切です。
また、民間ベースの企業会計原則等そのものも、建中金利の参入を認めている等「公表」や「正式」の決算書で行っている方法も認めています。経営の真実を表す観点でいえば、問題を含んでいるものもあるのです。
会計における真実性は「相対的真実性」といわれます。認められる複数の会計処理や表示方法があり、どれを採用するかは法人の判断にゆだねられるということです。経営分析等を行う上では表面の数値だけでなく、その根拠となる「会計方針」等十分に吟味する必要があります。