読者のみなさんの中にもプロ野球ファンの方がたくさんおられると思う。私が担当している法人の方の中にも阪神タイガースの熱狂的ファンがおられる。甲子園球場の年間チケットを購入して、京都から甲子園まで熱心に通っている話をうかがい、「優勝したら道頓堀にとびこむ」などと元気な話も聞いた。かくいう私も高校生まで野球をやっていたこともあって、王、長島などが現役の時代にはテレビにかじりついていた方である。
そうしたプロ野球フアンにとって、昨今のゴタゴタはまことに嘆かわしいし、球団経営者側の対応は腹立たしいと感じておられると思う。ご承知の通り親会社及び球団自体の経営不振を背景として、近鉄バッファローズとオリックスブルーウエーブが合併することを契機に、さらなる球団削減や1リーグ制への移行の動きが進み、一方で選手会や世論の反対や楽天等の新たな球団設立申請の動きもあって、そうした策動が何とか食い止められた状況にある。
球団経営者側の「赤字を何とか減らしたい」という意向は、「プロ野球は経営者のもではなく選手、ファン等みんなのもの」という世論にとりあえず押し切られた格好になっている。しかし、今後の動きは不透明だし、球団経営者側が「球団は経営する会社のもの」「赤字減らしが一番重要」と考えている限り、再び同様の問題は起きるだろう。
このあたりのことを、当事務所も探求している「非営利・協同」の思考から考えてみたいと思う。まずは、理念、目的論から。
-プロ野球の理念-
プロ野球の運営目的、理念は、野球協約において以下のようにうたわれている。
│ 第3条 (協約の目的) この協約の目的は次の通りである。この組織を構成す
│ る団体および個人は不断の努力を通じてこの目的達成を目指すものとする。
│
│ (1) わが国の野球を不朽の国技にし、野球が社会の文化的公共財となるよう
│ 努めることによって、野球の権威および技術にたいする国民の信頼を確保
│ する。
│ (2)わが国におけるプロフェッショナル野球を飛躍的に発展させ、もって世
│ 界選手権を争う。
│ (3)この組織に属する団体および個人の利益を保護助長する。
「世界選手権を争う」ことを目的としている点はおもしろいと思うし「意気やよし」と思うが、この条文は、野球を「社会の文化的公共財となるよう努める」ことを第一の目的とし、同時に「組織に属する団体および個人の利益を保護助長する」こともあわせての目的としていることが特徴的である。
この間の球団経営者の行動は球団及びその親会社の「利益を保護助長する」ことが第一義であり、「社会の文化的公共財」となる目標は後景に追いやられているのが実態であり、それに対する反対が選手会やマスコミ等で行われたものと理解される。
-現実の球団経営の目的-
元々のプロ野球発足当時は、野球の試合を見物させることを通じて収益を上げることを目的としていたと思われる。プロレス最近ではK1等と基本的思考は同じであったのではないだろうか。
その後のプロ野球の発展、整備の中で、日本においては大企業が親会社として球団を所有するようになった。その時点で、親会社が球団を所有する目的は、親会社の事業の広告宣伝がその大きな動機であった。球団名に企業名を冠すること、そして野球観戦や野球放送、報道等を通じて企業名を周知させ、企業のイメージをアップし、企業の事業拡大や商品販売を促進するねらいがあった。高度経済成長の中で、大企業が十分な利益を獲得し、「広告宣伝費」と位置づける球団の赤字を補填していける間は、親会社にも大きなメリットがあった。「たかが選手が」発言で悪名をならした読売巨人軍前オーナーの通称「ナベツネ」が、プロサッカーチームに対して「企業名をチームにつけることができない(並びに放映権を独占できない)ならば、広告宣伝にならないので撤退する!」といった話は有名だが、プロ野球経営者の本音としての目的を正直に語ったものといえる。
しかしながら、バブル崩壊の影響を受けて、親会社の経営も危なくなる状況の中で、球団経営による赤字補填を「広告宣伝費」と位置づけることが困難になってきた。もちろん、選手の年俸高騰等での赤字額の拡大は事実の一つであろうが、親会社等での「利益を保護助長」できないとの認識が、この間のごたごたの本質であったと思われる。
-選手会等の反論の根拠-
これに対し、選手会やマスコミは球団削減等に反対し、ストライキや署名活動等で対抗し、とりあえず一方的な球団削減を阻止できる状況となっている。この反論の根拠は、理念としてプロ野球を「社会の文化的公共財となるよう努める」立場から、経営者側の「利益を保護助長」することを押さえるべき、とのことであったと思われる。この点が世論の共感を呼び、選手会側の主張を後押ししたものであろう。
また、議論の中では、プロ野球とJリーグの違いも主張された。Jリーグの理念はどうなっているのか見てみると、「Jリーグ百年構想」と呼ばれる文書の中で以下のようにうたわれている。
│ 1991年11月1日、「日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進」、「豊
│ かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」、「国際社会
│ における交流及び親善への貢献」という三つの理念を掲げて誕生したJリーグ。
│
│ クラブはこの理念に則り、活動の本拠地を「ホームタウン」と定めて、サッ
│ カーの普及・振興活動を行っています。「ホームタウン」とは、球団の商業権
│ 域を保護するプロ野球の「フランチャイズ」の考え方とは一線を画すもので、
│ Jリーグの各クラブは、市民・行政・企業が三位一体となった支援体制をもち、
│ コミュニティの核として発展していく存在になることを目標としています。つ
│ まり、この「ホームタウン」の意味するところは、“本拠地占有権”や“興行
│ 権”の意味合いの強い「フランチャイズ」とは異なり、「クラブと地域社会が
│ 一体となって実現する、スポーツが生活に溶け込み、人々が心身の健康と生活
│ の楽しみを享受することができる町」なのです。
│
│ また、Jリーグは「企業スポーツからの脱皮」を目指しており、クラブ株主
│ の多様化を推進しています。これは、一企業の経営状況によってクラブ運営が
│ 左右されないための基盤構築でもあります。チームの呼称を「地域名+愛称」
│ としているのも、「地域に根ざしたスポーツクラブ」の存在を示すものなので
│ す。
プロサッカーリーグであるJリーグの各チームがこうした理念通りに運営されているとは限らず、内紛があったり、倒産しかかったチームがあったりで問題はある。しかし、理念としては「文化的公共財」としてのスポーツを正確に認識し、「利益を保護助長する」ようなことは目的としてはいない点で、共感できるものである。
-非営利・協同の理念-
非営利・協同の意義については様々な議論があると承知しているが、理念、目的としての非営利、社会的な貢献をその中に含めている議論が多数と思われる。そして、この間のプロ野球を巡る議論や世論の動きは、非営利・協同の理念、目的がプロスポーツ等の分野でも大多数の支援を獲得しており、営利的目的は非難を受けていることを示しているように思われる。
非営利・協同の事業活動や目的は、現代の社会の中でどちらかというとマイナーな位置にあり、アメリカ型の営利事業が幅をきかしているように見える。しかし、社会の底流では、そうした願いが本来正常なものであり、将来に渡って大きな存在となっていく可能性を持つものと思われる。